昭和40年7月14日 朝の御理解


 あくまでも、一心というのは、迷い信心ではいかん。一心貫いと仰る。一心。同時にそれが、真でなかならければいけない。一心の真でなからなければ・・・。

 昨日、13日会が終わってから、総代さんがたが残って、大事なお話が、あっておりましたところでしたからもう、遅うございましたが、ちょうどあの、北野の秋山さんが、ご自身の、娘婿さんと一緒に、お礼に出てみえられました。だいたい、もっと先、ですかね、出産予定日が、まだ先だったんですけれども、ちょっとこう、模様が、模様が悪なったから、産婆さんは、ちょっと今日できなさるかもしれん、とこう言うので、お願いに参りました、っち言うてから、お願いにみえられました。それから、ちょうど3時間たちましたのが、ここで、もう11時半頃でしたでしょうか、私が、御結界下がろうとしておるころでした。12時ごろでしたか。また二人で、おいでに出てみえてから、おかげで、無事安産のおかげを頂きましたから、と言うてから、お礼のお届けがあったんですね。ほれで、お名前をですね、「ひさ」と頂くんです。あの、比礼の比。御比礼の比ですかね。さは、人偏に左と。椛目の(いちおい?)の、佐は椛目、ですよね、人偏にさ。比は椛目の、比礼のときに、この比佐、と言うわけなんですね。それで、比佐ですから、それに子をつけるなり、代をつけるなり、どっちがいいかと。私は大体、比佐代、とこう、ほうが私としては好きなんです。比佐といただいとる、これに私なら、代をつけると思ったんですけれど、お父さんも来とりますから、お父さんになる人がですねえ、どっちがええか、と言うたら、代がいいと。私もそうじゃったと言うて、まあ、おかげで、その、島野比佐代という、お名前を頂いたんですよね。それに対するご理解が、ただ今のような、でした。それからもうあの、用事、あの、12時なりましたから、最後にお礼をさせていただいて、そしたらですね、もう、★コップで御神酒をこーうやって頂いておるところを頂きました。あー、こらもう、お父さんも、そのお爺さんになる秋山さんも、ほんとにお神酒の一つもあげたいごたる気持だろうとこう思うてですね。もう、とにかくその、産婆さんが、もう、椛目にあなた達がもうお願いに、行ってから着いたじゃろう、という時分から、本格的に、な、陣痛が始まって、そして、初産で、こげな軽い初産は初めてじゃった、っち言うごとその、おかげを頂いて、おりました。それで私が、帰られる前に、御神酒をならお父さんでも、おじいさんでも一杯頂いていきなさ(  ?  )、私どももあやからしていただこう、と言って、まあ、残っておりました、2、3人で。ほれであの、御神酒を頂かせていただいてから、私あの、ちょうど、その晩に、あの、磯の沢というお神酒が、(おろしてもろうて、ねとったから?)、その酒だろうと、こう思っておって、これは、磯の沢、磯の沢ですよ、と言ったら、いいえこれは菊美人ですよ、っち言うてからビンを持ってみえました。それをいただいたときにですね、もう、ほんとに、なんともかんともいえん、私は思いで、有難いと思いましたですね。お互いの、信心理想は菊美人にあるです。ね、椛目の信心を頂いて、そして、いわゆる、心の美人ですよね。もちろん、女の子だから、そういう表現をしてくださったんでしょうけれどもです、その、それだけのことなんだ。で私が、そのことをほんとに、有難いと思うてから、お礼を申させていただきよりましたときに、頂きましたのが、★一心の真ということを頂きました。一心の真とはどうするものかというと、一心の真というのは表現されなければいけないということ。一心に思うておりますだけじゃ、いかん。一心のその真が表現される。そして一つ、昨日、秋山さんが13日会の時に発表された。あれやらこれやら(      ?       )神様が常に、ちょうど、13日の12時前に、ですから、結局神様の、御悲願、椛目ではです、達成の日といわれておる、その大事な日にですね、わざわざこう、早めに、おかげ下さったという感じがする。ね、そのお名前のことから、ね、神様が繰り上げて出産をさせて下さったことから、ね、秋山一家の上に、何かが一つのものが、ここに、いわゆる一心の真がです、ね、その思いが一つにこう、なされて、表現された、その日にです、ね、いわゆる、おかげを頂く。出産のおかげを頂く、誰でも頂くんですけれどもです、ね、私思うのに、例えば出産の、私どもの信心の、ほんとに一心の真が表現されて、一心が、真が、表現されて、そこからです、頂けれるおかげが、神様がいよいよ喜んでくださるおかげ。神様が願うておられるおかげ。その、まあ、一緒に2、3人ぐらい残っとりましたでしょう、だからこれは、また家に帰られて一つ皆がこの菊美人にあやからせていただきなさい、と言ってから持って帰ってもらったですけれどもね。お互いの目指すところ菊美人。それを私どもがどこまでも、ただ、一心の真を持って、菊美人を目指さなければならない、ね。そこには、神様がです、例えば、あの、一年先にしかおかげを受けられんおかげでもです、繰り上げてでも、例えばならその、さっきもそうでしょうが。ね、予定よりも早く、例えば繰り上げて、しかも神様の一番、神の思いの成就する日に、と言ったような、13日にわざわざその、おかげを下さっておる。それだけなんですけど、その中に、どれくらい神様の喜びが、表現されておるか分からない、という気が致しましょうが。私どもの喜びが表現される、神様の喜びもまた、そういうような上に、表現される。そういうようなことが私は、合楽的おかげじゃなかろうかとこう思うんですね。神も喜び、氏子も喜び、ね、。その、ご無理にお願いして、って言ったようなものを、一つも感じられないです。どうぞ一つ、おかげをおかげを頂きまして、ほんとに神様に喜んでいただける、喜びが、私どもの上にまた喜びとして、頂けれるようなおかげを目指すためには、私どもがどこまでも、一心の真を、追求していかなければならん。真ではあっても一心が足らん。一心であっても真が足らん、といったようなことがなかろうか。目指すところはどこまでも、様々な、やはり神様に御すがりをする、というのでございますから、あー、お願いもございますけれども、そのお願いは、なんと言うてもです、一心の真を、表すことをもって、すがらなければいけない、といったような、信心をね、身につけていかなきゃならんと思いますね。ありがとう、、、。